聴力と噛み合わせ
若い人には聴力が落ちる、などという悩みは少ないかもしれません。耳が遠くなるという話は老人のことで、年をとればそれも仕方ないと思っている方が多いことでしょう。けれど、私たち歯科医のグループで作っている聴力研究会によると、年齢にかかわらず、聴力が噛み合わせによって変化するという事実が明らかになっています。
近いところで影響し合う顎と耳
この場合の噛み合わせとは、機能の仕方、つまり、どんな食べ方をしているか(咀嚼といいます)に関わっています。ものを食べるという動作は、複雑で大きな筋肉の力を必要としていて、その時奥歯にかかる力はその人の体重分、少なくとも50キログラムの力といわれています。そして、この力は咀嚼筋と呼ばれる、食べるためのあごを動かす筋肉を通して顎関節を動かします。そしてこの顎関節の直ぐ後方に薄い骨一枚を介して耳が位置しています。ためしに耳の穴に指を入れて顎を開け閉めしてみてください。顎関節の動きが手にとるようにわかります。顎と耳がかなり近いところで影響し合っていることが想像できることでしょう。
咀嚼の状態で耳が聞こえにくく
さて、癖を含めてなにかの理由で右左どちらかでしか噛まない状態が続くと、噛む側の聴力は低下していきます。右で噛むのと左で噛むのとでは全く違う筋肉が違った動き(いわゆる臼運動)で対応しているので、使用頻度の高い側の筋肉の疲労や緊張が関係しているものと思われます。左右の問題ばかりでなく、奥歯が抜けている、あるいは、うまくかみ合っていない状態では、前歯に近いところで噛むことになるので、この場合は高い音が聞こえにくくなります。逆に、奥歯で強く噛む傾向のある人は低い音が聞こえにくくなります。
進行すれば取り返しのつかないことに
口全体のバランスを整え、きちんとしたかみ合わせを修復すれば、聴力も確実に回復します。ですが、高齢者では奥歯から無くなることが多いので、高音域の聴力低下が目立つ典型的パターンとなり、そのまま進行すると、老人性難聴と呼ばれる取り返しのつかない状態になってしまいます。年のせいばかりではなく、歯並びが悪く、きちんと咀嚼(そしゃく)できない若者でも同様のことが起きます。
これらは、耳とあごには共通の神経や血管があり、あごの運動が影響するのであろうと考えられています。聴力の低下はなかなか気付きにくいものですが、テレビの音をつい大きくする、とか電話の受話器をもちかえる、人と会話する時、決まってどちらかに座りたい癖、などは、聴力の問題が出始めている証拠です。こんな方は、一度自分の口の中を覗いてみてください。
歯は食べるだけのものではない
今まで体のバランスについていろいろお話してきましたが、体のそれぞれのパーツがすべてつながっていて関連し合い影響し合っていることが、こんなところにも表れているのです。歯は簡単に修復可能な臓器です。入れ歯が嫌、虫歯を放置、でも食べるという行為は出来るので困らない、と考えている誰かさんへ。歯は食べるためだけのものではありません。知らないうちに次から次へと老化と病気の元を作っていることをお忘れなく。