
プリマドンナは、ニーナ・アナニアシヴィリ、47歳・・・信じられない年齢ですが、20年にわたって来日公演し、今回が最後の日本公演だと聞いて、それを観ることが出来た私は本当にラッキィだったと思います。日本にも多くのファンが待ち受けていて、スケーターの浅田真央さんの姿もありました。芸術性は勿論のこと、成熟した美しさに見惚れて、あっと言う間の舞台の上のその人は、魂が白鳥そのものになりきり、指の先まで白い羽が生えているかのようでした。

バレーも含めた西洋の舞踊は足が地につくのは一瞬で、宙に浮くために跳んだり跳ねたりが基本です。


バレーはトウシューズの足先だけが地につき、体全体が動きの表現体になり、いかに高く、長く、正に空間の芸術です。
これに対し、東洋の舞踊は大地から足を離さない

能も日本舞踊も、すり足で、決して浮くことがないため、西洋の動、に対しての静の動きになります。

ですから、その表現力は、内なる想いの発露として、目線や指先

この違いは、狩猟民族が獲物を捕るために、高く遠くに行くことの能力を問われたのに対し、

農耕民族には、大地を愛し守るための祈りとしてのベースがあるせいなのでしょう。

こう考えると、世界中の舞踊を興味深く観ることができます。
洗練され磨かれ続けた高尚な芸術でも、その根っこにあるものは、とても原始的で素朴な、人類の遺伝子と歴史に培われたものであるに違いありません。

生きるための祈りから生まれたであろう踊りが、不思議な高揚感や興奮を伴うのは、きっとそのせいでしょう。

さて、ワルツ、行進曲、ハワイアン、ジャズ等等、なんでもいいのですが、わたしは、ともかく音楽を聴くと、直ぐに踊り出したくなる
たちなので、そのうちにきっと何かの踊りの手ほどきを受けるだろうと確信しています。

60の手習い、ということで、また報告できたらいいな、と思っています。